ホテル・ニュージャパン火災の教訓|ずさんな防火管理と経営責任が招いた悲劇
過去記事では宿泊施設の特殊性に由来する危険について言及しました。
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ここでは数あるホテル災害の中でも大きな被害が出た、ホテル・ニュージャパンでの火災被害とここから読み取れる事実をまとめていきます。
ホテル・ニュージャパンは昭和35年に開業以来、東京都千代田区永田町に立地していた大規模ホテルです。
10階建てで室数は513室、国会議事堂にほど近く、当時から言わずと知れた都心の一等地でした。
近隣には各国大使館も多く所在していたことから、インバウンドという言葉が盛んに用いられるはるか前から外国人を含めた多くの宿泊者を受け入れてきました。

ただ、昭和50年代には運営親会社の苦しい経営の中で持株処分からの経営権変更、新社長の就任という出来事がありました。
表向きは都心の一流ホテルの顔を持つ一方で、昭和50年代中頃には引き続く経営不振の末に30億円もの累積赤字を抱えており、極端な支出の抑制など緊縮財政が敷かれている状況…。
そんなこの地で世間を揺るがす大災害が発生したのは、昭和 57年(1982年)2月8日の未明でした。
真冬の氷点下、乾燥した気候のもとで、ホテル9階の宿泊客の寝たばこにより出火し、9~10階部分を中心に100室以上に延焼、4,000㎡以上を焼いて鎮火しました。
この火災では32名(外国籍22名)が亡くなり、34名の傷者が発生しています。
本件が取り上げて報じられたのは、その被害の大きさもさることながら、宿泊施設での災害の恐ろしさが浮き彫りにされたためでした。
宿泊施設は不特定多数の人々が寝泊まりするという特殊性から危険な施設であるという点は過去の記事で取り上げました。
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そのため一般の建物と比して防火設備のハード面の堅牢さとスタッフの対応力の高さというソフト面で安全性を担保することが期待されています。
しかし、この災害ではソフト・ハード両面の幾重もの不備によって被害が大幅に拡大し、戦後最大級の宿泊施設火災となってしまいました。
火災発見から初動対応
第1発見者は仮眠に向かうフロント係員でした。
3時15分頃(推定出火時刻の1分前)に9階廊下で客室から白煙が出ているのを見つけたため、エレベーターで1階に移動してフロントに報告しています。
フロント係員からの報告を受けて駆け付けたスタッフ2名が客室から 「Fire! Helpme!」という声を聞いたため、マスターキーでドアを開けて炎を確認しました。
それから、初期の消火活動として付近の消火器を持って火を消し止めようとしたものの失敗しました。
別の消火器を探したものの発見できずに延焼が拡大して断念しています。
また、ほかのスタッフが屋内消火栓設備による消火を試みたものの、取扱いに習熟していなかったためホースを延ばせず、こちらも結果的に活用できませんでした。
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スタッフは火災を宿泊客に知らせなければと感じて、9階の各部屋にノックして回ったものの、大きな声で触れ回ることをためらってしまいました。
これは経営者が日頃から失敗を厳しく叱責するといった態度をとっていることを受けて、この火災がぼや程度だった場合に事を荒立てたことを叱責されるのではと委縮し、消極的な行動となったものです。
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続いて3時22分頃には別棟警備室の自動火災報知設備受信機のベルが鳴動し、同室の警備員も火災発生を確認しています。
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ただ、本館防災センターのベルは配線不良により鳴動せず、各階に設置された非常ベルは(手動方式に改造されており)操作されなかったために鳴動していません。
また、警備員による火災通報は行われませんでした。
結局、火災の通報は出火から20分以上が経過した3時39分でした。
第1通報者は付近通行人が公衆電話でホテルの4~5階が火事だと通報しています。
ほぼ時を同じくして近隣居住者からの第2通報、さらに遅れてホテルフロントからの第3通報も行われています。
一般的に火災の通報は出火からの時間が経過すればするほど延焼が拡大してしまいます。
したがって、発見が遅れる深夜の火災は被害が大きくなりがちです。
本件は幸いにもスタッフと警備員が異なるルートで出火直後に火災を認知していたものの、即座の通報がなされなかったことが被害拡大の要因となってしまいました。
延焼の拡大
火災の原因や経過は鎮火後に消防(場合によっては警察も合同)の調査によって追究されます。
この火災では100室以上の客室が熾烈な炎により焼けていたものの、避難したスタッフの証言から火元室の特定は容易でした。
ここに宿泊していたのはイギリス人の男性ビジネスマンでした。
飲酒酩酊した状態で寝たばこが不始末となりベッドに着火、そこから壁面、天井面へと伝って廊下の天井裏へと延焼が拡大していきました。

実はこのような延焼は特異なことで、本来であれば客室間や客室と廊下の間でコンクリートなどの不燃材により、燃え広がることがないような構造とすることが求められています。
しかし、この建物ではコンクリートで埋める 「壁」であるべき部分が「穴」になっている箇所が数百も存在しました。
これは配管工事の不良により埋め戻しがされなかったり、ベニヤ板などで簡素な施工がなされたことによるものです。
廊下に飛び出した炎はさらに勢力を拡大し続けて、両端に配置されたホールにも延焼しました。
通常、大規模な建物では防火戸が閉鎖することで一定規模以上の延焼が起きないような構造とされていますが、これもじゅうたんとの接触などの不適切な状態が原因で作動しませんでした。
そして、さらに延焼を助長したのが空調設備の不正改造による異常乾燥です。
こちらも本来は、外気を取り入れた上で防塵、加湿して各室に供給する役割を担うはずでした。
ただ、ここでは内気循環を行うように改造・運用されていたために、加湿のプロセスを経ず、極度な乾燥状態が生じていました。
加えて木製の客室扉、パイプダクトスペースの埋め戻し不良、防炎製品とすべきカーテンやじゅうたんの不備など数々の問題により延焼の勢いが留まることはありませんでした。
この結果、火元の9階とあわせて10階のほぼ全域と7階及び屋上の一部、8階から5階までのダクトが焼けることとなりました。
本来、火災が発生した際の防波堤となるべき防火機能が作用しなかったことが、今回の被害拡大の要因の一つです。
消防の対応
本火災は出火から通報までに20分以上を要したことなどにより、消防隊が到着した時にはすでに大規模に延焼が拡大していました。
所管する東京消防庁は必要に応じて応援部隊を増隊させ、最大限の体制となる第4出場で対応しました。
活動を綴った報告書によると、最初に到着した部隊の責任者は現場に向かう道すがら、ホテルの上空が真っ赤に染まっているのを視認しています。
その後、ホテルの西側に到着した際には、9階の少なくとも6室から炎が噴き出ている状況、逃げ遅れて手を振っている宿泊者の姿を目撃しました。
消防隊は多数の逃げ遅れ者を救出するために様々な方面からのアプローチを試みました。
ホースを持ってホテルの階段から直接救助に向かい、背負ったり抱きかかえての救出、ロープを使った上下階への救出、はしご車を利用した地上への救出…。
安全かつ迅速な方法を現場ごとに判断して決死の活動が続けられました。
そして救出活動にあたって課題となったのは、出火時にホテルに在館していた者の把握と行方不明者との突合せでした。
このホテルでは当日の宿泊者を統一的に管理する宿泊者名簿がありませんでした。
そこで、客室ごとに宿泊者が署名したカードをもとに避難あるいは救出済みか否かを照合する必要が生じましたが、正確な人数が不明であったり、外国籍の宿泊者が多いために識別が困難だったりといったことが障壁になりました。

こうした活動により延べ救出した人数は68名に上り、救護活動へと引き継がれました。
最終的に計128隊677名の隊員が現場で対応にあたりましたが、消防としての任務は災害後の実態調査にも及びます。
問われる管理責任
本火災ではホテルを運営管理する会社側に様々な落ち度があったために被害が拡大したことが明らかになっています。
ソフト面での不手際として、推定出火時刻の約2分後には客室前に駆け付けたスタッフが、部屋から助けを求める声を聞いて火災を発見したものの、ホテルからの119番通報は同24分後まで行われずに延焼の拡大が続きました。
火災を知ったスタッフが消火器での初期消火を試みたものの失敗し、別の消火器を探したものの見つけられませんでした。
また、別のスタッフは屋内消火栓を操作しようとしましたが不慣れでホースを延長できませんでした。
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スタッフが周囲の部屋に火災を知らせようとしましたが、大事でなかった際の上層部からの叱責を恐れて大声での周知をためらってしまいました。

また、ハード面の不良としては各種の施工不良(防火区画の不備)、スプリンクラー設備の未設置、自動火災報知設備の不適正改造及び感知器の維持管理不良、空調加湿の不備、防炎製品の未使用、放送設備の故障放置…と枚挙にいとまがありません。
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ソフト面での問題は、管理者層の防火意識の低さと従業員教育の不足に集約されます。
この火災は出火直後に発見されたため、館内に200本以上設置された消火器や屋内消火栓設備を活用すれば、早期に消し止めることが期待できました。
しかし、自衛消防組織の訓練が長らく行われてこなかったために、適切な行動をとることができずに延焼が拡大してしまう結果となりました。
この原因は経営が困窮しているがゆえに人員削減を進め、防災へのリソースを削り続けた管理者層にあります。
開業時は約700名いた従業員が火災当時には130名程度になっていたとみられています。
人手が削減されて給料の遅配などが起こるようになると、従業員の業務量が増えるとともに士気が低下します。
やがて、経営への影響が少ない防火面での整備はないがしろにされ続けてきました。
本件への管理者責任は最高裁まで争われた末に、当時の社長には禁固3年の実刑判決という司法判断が下されました。
判決に至る理由として、多くの宿泊客の生命を預かる立場にありながら、利益追求に走るあまり安全の確保という最も重要で基本的な姿勢が著しく欠juしていたことなどがあげられました。
ここまで5回にわたっての記事で、防火管理の重要性に改めて着目していただけたのではないでしょうか。
時代が移り変わってもこの心構えの重みは何ら変わりありません。















